fact beats dreams

「理念なき行動は凶器、行動なき理念は無価値」だってさ

【読後メモ】USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 第5章「戦略を学ぼう」

 全ての最上位概念であり命題そのものである「目的」、経営資源を投下する的である「目標」、経営資源をどう配分して何に集中するのかの選択である「戦略」、そしてその戦略をどう実行していくのかを具体的に定める「戦術」の4つの戦略用語に、マーケティングフレームワークではそれぞれマーケティング用語をあてはめて考えます。

 

目的:Objective 達成すべき目的は何か?

目標:Who 誰に売るのか?

戦略:What 何を売るのか?

戦術:How どうやって売るのか?

 

その前にマーケターには必ずやっておくべきことがあります。自ブランドをめぐる「戦況分析」です。鋭い戦況分析によってもたらされるビジネスにまつわる情報は、市場の理解、消費者の理解、競合の理解、経営資源の理解など、どれも決定的なものばかりです。

 

1. 戦況分析

良いマーケティング戦略が作れるのか、平凡で終わるのかの分かれ道は、戦況分析のやり方に差があると私は信じています。

戦況分析とは、「市場構造」をよく理解して、それを味方につけるためにやるのです。

戦況分析を本気でやる理由は、市場構造に逆らって確実に失敗する地雷を避けるためです。そしてできればその市場構造を自分の味方につけられるような戦略がないかを考えるためです。水の流れに逆らうより、水の流れを利用できないかを考える方が得だからです。

 

5C分析

company 自社

consumer 消費者

マーケターの真髄ともいうべき課題です。消費者を量的に理解すること(数値データを用いて広く全体像を理解するのに役立つ)と、消費者を質的に理解すること(質的調査などを通して消費者の深層心理に迫ること)の両方が重要です。

 

customer 流通など中間顧客

competitor 競合他社

community ビジネスをとりまく地域社会

社会がビジネスに与える様々な外部要因があります。それを Community と言います。代表的なものは、法律などの規制、世論、税制、景気、為替レートなどです。

 

 2.目的の設定

戦況分析を進めながら最初にすべき仕事は目的の設定です。この目的如何によっては、その後の目標も戦略も戦術も全てが変わってきてしまいます。適切な目的設定において、3つの点を重視しています。

 

・実現可能性(ギリギリ届く高さを狙う)

高すぎると社員のモチベーションが上がりません。低すぎると誰も努力せず重大な機会ロスになります。「無理だとは思わないけど、それは高い目的だな」と思える塩梅が大事です。

 

・シンプルさ

要素がたくさん含まれる複雑な目的設定は機能しません。覚えにくいだけでなく、戦略や戦術まで複雑でどうしようもないものに変貌させてしまいます。

 

・魅力的かどうか

頭だけでなく心からどうしても達成したくなるような目的が設定できれば、どんどん人を巻き込んでいくことができます。

人が気持ちを入れられる魅力的な目的の設定は、人的資源を激増させることができるのです。

 

3.WHO(誰に売るのか)

・消費者を選ぶ理由

「私は成功の鍵はわからないが、失敗の鍵は知っている。それは全ての人を喜ばせようとすることだ」

米国の有名なコメディアンのビル・コスビーのこの言葉の意味するところがWHO の真髄です。

ターゲットを選ぶ理由は3つあります。

①限られたリソースを消費者全員に投下すれば、一人当たりのリソースが薄くなるから

②消費者全体の中でも「買う確率」や「購買欲」に大きな偏りがあるから

③満たすべき消費者ニーズにも偏りがあるから

 

・戦略ターゲットとコアターゲット

全ての消費者の中から、まず戦略ターゲットを選び、その次にコアターゲットを選びます。コアターゲットは必ず戦略ターゲットの中に納まらなくてはいけません。

戦略ターゲットブランドがマーケティング予算を必ず投下する最も大きなくくりのことです。戦略ターゲットの外にいる消費者は、完全に捨てることを意味します。

戦略ターゲットはコロコロと変更すべきではなく、中長期的な視点で定義しなくてはいけません。最も注意すべきは、この戦略ターゲットのくくりが目的達成に照らして小さ過ぎないようにすることです。

コアターゲット戦略ターゲットの中で、更にマーケティング予算を集中投資する消費者のくくりをコアターゲットと言います。

 

・コアターゲットの見つけ方

コアターゲットはどう考えてどうやって見つけるのか?次の6つのパターンのどれかが当てはまります。

 

ペネトレーションカテゴリーの中で自ブランドの世帯浸透率を増やせるグループはいないか?

もし自ブランドの浸透率を伸ばすための「空白地」を見つけることができたならば、それは有効なコアターゲットになる可能性があります。

USJ が新ファミリーエリア「ユニバーサル・ワンダーランド」を建設したのは「小さな子ども連れファミリー」という大きなグループがUSJ にとってはペネトレーションを上げていくべき大きな余白だと判断したからです。

 

②ロイヤリティ:既存の使用者の中で「SOR(Share of Requirement)」を伸ばせるグループはいないか?

SOR とは、カテゴリー消費量に占める自ブランドのシェアです。これを大きく伸ばせそうな消費者グループを見つけると、それはとても良いコアターゲットになる可能性を秘めています。典型的な例は、マイレージカードやポイントカードです。あるいは大きなサイズを一度に買わせて次回買うまでの期間を長くして他のブランドに浮気する機会を圧迫します。競合ブランドをブロックし、連続でそのブランドを消費させるように仕向けるやり方です。

 

コンサンプション既存の使用者の中で1回あたりの「消費量」を増やせるグループはいないか?

1回あたりの消費量(Consumption)が増えれば自ブランドの売上を伸ばすことができます。有名な話では、味の素が容器の穴の数を増やしたところ、飛躍的に消費が伸びたということがあります。

 

システム既存の使用者の中で使用商品の種類(SKU数)を増やせるグループはいないか?

消費者が同一ブランド内で複数商品を使うことをシステム使用と言います。シャンプーしか使っていない消費者にコンディショナーやトリートメントを使わせることができないかを考えること等が当てはまります。

 

パーチェスサイクル既存の使用者の中で購入頻度を上げる(購入サイクルを短くする)理由を作れるグループはいないか?

例えば、散髪屋さんが全客平均で5週間に1回来店していたサイクルを4週間に1回に縮めることができたならば、一人も客を増やさなくても年間の売上は2割も向上します。

 

ブランドスイッチ競合ブランド使用者の中にブランド変更の可能性の高いグループはいないか?

ブランドスイッチの必然を作れそうなグループを見つけたとき、果敢に攻めるのもコアターゲットの設定のやり方です。しかしながら、これを6つ目にもってきたのには理由があります。経験上、リソースがより多くかかるのでハードルは高めです。

 

以上の6つのどれかがあるのではないかと自分に加圧して考えてください。きっと有力なコアターゲットを見つけられると思います。もし見つけられないのであれば、まだ消費者理解が足りないということです。解決策の切り口は、ほとんどの場合において消費者理解の中に埋まっているものです。マーケティングの真髄は消費者理解にあるということを決して忘れないでください。WHAT やHOW よりもWHO が大切なのです。

 

・消費者インサイト

コアターゲットが定まったのならば、コアターゲットの深層心理を探りましょう。消費者インサイトとは「消費者の隠された真実」のことで、コミュニケーションで上手く衝くと、消費者の認識が大きく変わったり感情が大きく動いたりします。

消費者の認識を大きく変えるインサイトをマインド・オープニング・インサイトと呼び、消費者の感情を大きく動かすインサイトをハート・オープニング・インサイトと呼びます。

消費者インサイトと消費者ニーズは違います。インサイトはあくまでも隠された真実であって、指摘されて平気で「そうだよ」なんて反応されるものはインサイトではないのです。強いインサイトは、理性をはっとさせるか、感情を深くエグるものです。

マインド・オープニング・インサイトの例です。理性をはっとさせます。「除菌ができるアリエール」を新発売したのですが、さっぱり売れません。当時は衣服に菌がいるという消費者の認識はほとんどなかったので、洗剤が除菌をするメリットが消費者にはピンとこなかったのです。

そこで同僚はマインド・オープニング・インサイトを見つけて衝きました。「部屋干しの衣類からニオイがするのは衣類にたくさん菌がいるから」というインサイトです。このインサイトによって、消費者は「あー!なるほど!服には菌がついていたのか!」と除菌の便益の価値を一発で理解することができ、除菌ができるアリエールはシェアを伸ばしました。

ハート・オープニング・インサイトの例です。感情をエグります。USJ の2010年のクリスマスイベントの話です。それまでのTVCM を始めとするコミュニケーションは「昼にはこんなことを楽しめて、夜にはこんなことも楽しめます」という非常に当たり前な説明の正攻法を取っていました。

このときに衝くことにしたインサイトは親の切ない深層心理をエグるものです。これを綺麗な言葉で表現すると「子どもと本気で楽しめるクリスマスはあと何回もない」というものです。

もっとわかりやすく表現すると「あなたのまだあどけなくて可愛い娘はすぐに大きくなって、クリスマスなんてあなたと一緒に過ごしたがらなくなります。すぐにクリスマスイブは帰って来なくなって、ホテルで彼氏と過ごすようになりますよ。だってお母さん、あなたも身に覚えがあるでしょう?」というもの。

これをそのまま露骨に表現するとさすがに世の中に非難されますから、我々はそのインサイトをこのようなコピーに変換して切ないパパ目線のナレーションで語りました。

「いつか君が大きくなってクリスマスの魔法が解けてしまうまでに、あと何回こんなクリスマスが過ごせるかな……」と。

USJ におけるクリスマスの内容、つまりプロダクト(製品)は前年までと全く変わっていません。変わったのは消費者インサイトを衝いたコミュニケーションだけです。それだけでクリスマスシーズンの集客効果は倍増しました。WHO をちゃんと理解して強いインサイトを見つけて活用するだけで、売上を倍増させることもできるのです。

 

4.WHAT(何を売るのか?)

マーケティングフレームワークにおけるWHAT の使命は、自ブランドの消費者価値を選びことです。消費者がそのブランドを選ぶ必然、そのブランドを購入する根源的な理由、それがWHAT での戦略的な選択となります。

・消費者がブランドを買う根源的な価値

ハーバード大学院のレヴィット博士の格言

「人々は4分の1インチのドリルを欲しいのではない。人々が欲しいのは4分の1インチの穴である」

 USJ でも消費者が欲しいのはアトラクションではないのです。アトラクションを体験したときに巻き起こる「感情」です。アトラクションそのものではなく、どんな感動が味わえるのかを訴求せねばなりません。

具体例でWHATの理解を深めましょう。例えば、フェラーリで手に入れたい根源的な価値は「成功者としての優越感」とでもいえるでしょうか。フェラーリの特徴である「圧倒的な速さ」や「ときめくエンジン音」や「官能的な走り」などは、モノとしての走行性能以上に車としての魅力を増進しています。それらは車好きの視点から「成功者としての優越感」を実感させるためのHOWのように思えます。

東京ディズニーリゾートのWHATは「幸福感」ではないかと思います。

 

・ポジショニングについて

消費者の頭の中にある競合との相対的な位置づけのことです。消費者の頭の中で、購入の強い理由となるブランド・エクイティーに最も近い場所にポジショニングしているブランドが有利になります。
例えば、家庭用掃除機において、「吸引力の強さ」が消費者にとって重要な購買決定理由なのであれば、「吸引力が強い」というブランド・エクイティーを所有している「ダイソン」のポジショニングが有利になります。(以下、補足)「家事からの解放」「時短」が重要な購買決定理由に変化すれば、「おそうじロボット」のiRobot社のルンバのポジショニングが有利になるってことか!

多くの消費者が購買決定に際してひときわ重要だと思っている価値観があります。掃除機の「吸引力」とか自動車の「信頼性」とか、商品カテゴリーによってその価値は異なっていますが、その判断軸をブランド・エクイティーとして自ブランドが単独で所有できればベストです。しかし、たいていの場合、その軸となるエクイティーは、そのカテゴリーのNo.1ブランドが既に単独で所有しているか、競合に対して有利に保持している場合が多いのです。
その場合、チャレンジャーとしてNo.1ブランドに挑戦するあなたは、相手の強固なポジショニングを崩さねばなりません。相手が所有している強力なブランド・エクイティーを奪いにいくか(既存の軸を奪う)、現在の「軸となるそのエクイティー」を陳腐化してしまうほど新たな価値観を消費者の頭の中に打ち立てていくことになります(競争の軸を変える)。
覚えておくべきことは、ポジショニングが「相対的である」という真理です。自分が動かなくても相手が動くことで自分のブランド・エクイティーが動かされてしまうことが起こります。逆に自分のポジショニングを動かすことによって、全く動かない相手を消費者の頭の中で動かしてしまうこともできるのです。
卓越したマーケターの多くは自ブランドの相対的なポジショニングを常に必死に考えています。下剋上で天下をとるために、消費者の頭の中にある有利な場所へ自ブランドをどう動かすか、あるいは競合ブランドを不利な場所にどう追いやるのか。
王者の側も当然考えています。誰が何を仕掛けてくるのか、差別化を仕掛けられたらどうやって同質化して圧迫するか、もし現在の軸が狂わされるとしたらどんなやり方があり得るのか。それがマーケター同士が日常的に繰り広げている知恵比べ、ポジショニングの戦いです。

 

5.HOW(どうやって売るのか?)

HOWとは戦略的思考で紹介した「戦術」にあたります。HOW(戦術)が弱ければ、どんなに強力なWHATであっても消費者に届くことはありません。それだけHOWは重大です。HOWは、WHATをWHOに届けるための仕掛けなのです。

最も一般的にHOWを整理したものとして参照されている「マーケティング・ミックス(4P)」で理解していきましょう。

Product(製品):Product領域の目的は、顧客に提供するモノ(製品)を決めることです。モノを決めるのはHOWの1つ、重要なマーケターの仕事なのです。

Price(価格):Price領域の目的は、自ブランドが目指すポジションに適した価格を決めることとその実現です。消費者の需要に応じた設定を行わねばなりませんし、コストに応じた設定もできていなくてはなりません。競合他社との関係において相対的な価格の是非や、価格プロモーションに際してはその価格弾力性による効果も考慮に入れなくてはなりません。

Place(流通):Place領域の目的は、効率的かつ効果的な顧客への販売アクセス方法を決めることです。流通在庫のリスクを回避しやすい形態として卸売業や小売業を活用するやり方や、消費者に直販するやり方もあります。市場において店頭をできるだけ広くカバーしたいという配荷率の観点と、流通マージンや様々なコストをできるだけ低く抑えたいという流通コストの観点を、どう総合的に選択していくのかです。

Promotion(販促):Promotion領域の目的は、効率的かつ効果的な顧客への情報伝達方法を決めて実現することです。明確化したターゲットに対し、効率的かつ効果的にリーチする媒体の選択と運用方法を考えていきます。広告や販促キャンペーン、パブリシティでの認知形成と購買意欲醸成にまつわるコミュニケーションを統合して戦術化していくのがこの領域の仕事です。

・HOWができてこそマーケター

HOWをちゃんとできるようになるための一番の近道は、WHOの理解でした。自分のセンスで判断するのではなく、深く理解した消費者の視点からHOWを判断すれば良いということです。
具体的に私がやったことは、徹底的に消費者を理解するために自分の相当な時間をつぎ込むことにしたのです。ヘアケア時代には髪の毛を金髪にしたり。USJに来てからは、モンスターハンターを999時間プレイしたり。とにかく何でも自分でやってみて消費者視点を理解することを最優先しています。強いブランドを自社に導入するのは、ファン心理の理解が不可欠なのです。それがないと強いWHATを思いつけないですし、強いHOWもわからないのです。
人に任せることと放置することは違うのです。HOWを部下に任せることは良いのですが、部下が何をやっているのかは常に視界に入っていなければなりません。また、HOWだけを部下に任せても部下は育ちません。部下に仕事を任せるときはちゃんとプロジェクト単位で任せて、目的からWHOとWHATとHOWをセットで考えさせることです。

WHO・WHAT・HOWが全てうまくいくとビジネスは爆発する!

設備投資費を使わずに劇的に集客を伸ばすアイデアを求められたときに、私が着眼したのはハロウィーンでした。数学を用いた徹底的な戦況分析の結果、年間で既に最大の集客月であった10月とその前後の9月・11月が、USJにとって最も伸びしろが大きい未開拓のシーズンであることがわかったからです。この時の計算手法は確率統計理論を用いた「ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル」と言います(「確率思考の戦略論」を参照)。このモデルを簡単に説明すると、リーセンシー(recency)の消費者データがあれば、消費者の購入頻度(frequency)だけでなく、1月から12月までの全ての月に市場の大きさを正確に計算で導き出すことができるのです。「最近いつテーマパークに行きましたか?」という質問1つをするだけで、実に貴重な多くの情報が手に入ります。

 そのようにして私は、最大の集客月である10月が実は最大の伸びしろを持っていることを誰よりも早く正確に知ることができました。それこそが戦況分析による最高レベルの情報資源の獲得なのです。数学が使えないマーケターであれば、集客数が少ない時期にこそもっと伸びしろがあると考えて、1~2月や5~6月などの閑散期を何とかしようとするところです。しかし、私は自然の地形に逆らって相撲をとるのは避けることにしています。自然の地形はできるだけ利用した方が良いのです。
「どう戦うかの前に、どこで戦うかを正しく見極めること」。それが会社を勝たせる軍師であるマーケターの最初にして最重要な仕事であると私は常々考えています。